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【 目 次 】

東洋の蔵府【1】 肝の人(肝の臓について)

第二回目は、肝臓についてのお話です。
肝の人というタイトルをつけました。
肝の人はどんな人かと言いますと、集団のリーダーをするような勇ましい気の強い人というのが当てはまるかと思います。
古典には「肝は将軍の官」と書いてあります。
もともと肝臓のパワーが強く、性格や骨格筋肉にも肝臓の特徴がよくあらわれている人のことを、肝の人と呼んでいます。

第二回目は、肝臓についてのお話です。肝の人というタイトルをつけました。
肝の人はどんな人かと言いますと、集団のリーダーをするような勇ましい気の強い人というのが当てはまるかと思います。
古典には「肝は将軍の官」と書いてあります。
もともと肝臓のパワーが強く、性格や骨格筋肉にも肝臓の特徴がよくあらわれている人のことを、肝の人と呼んでいます。

肝臓が気の変動を起こした場合は、その症状は、頭など上半身に出ることが多いのですが、それは肝臓の持っている性質がそうさせます。
肝臓は、春の気が草木を上へグングン伸びさせるのと同じように、気を伸びやかにさせます。
この作用が、行き過ぎると気が昇ったまま、降りてこなくなってしまいます。
症状としては、上半身に気の停滞が生じてしまいますので、頭痛や高血圧、のぼせというような症状が出てきます。

イライラしている時は、その気を落ち着かせて、おへその下あたりに意識を集中させて気をさげるようにしてください。
昇った気をさげることができます。
そうすることにより、上へ昇った気の停滞を防ぐことが出来ます。

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東洋の蔵府【2】 後天の本(脾の働き)

第三話は脾蔵です。
西洋医学では他の臓器ほど話題になりませんが、東洋医学で“脾”は、体の中心に位置し、大変重要な役割を担っています。
今回はその脾の働きについてお話していきましょう。

脾にはたくさんの働きがありますが、最も大切なものが生命力の補充です。
私たちは両親から受け継いだ生命力、“先天の本”によって生まれ、飲食物から生命力、“後天の本”を補いつつ生きることができます。
この先天の本が第一回のお話の腎、後天の本が今回の脾なのです。私たちが摂った飲食物はまず胃に運ばれます。
その飲食物は脾の働きによって身体を滋養するものに変えられ、他の臓器の力も借りて身体の隅々までに運ばれます。
もし脾の働きが弱ってしまったら、身体を滋養できないのですから、他の臓器も弱ってしまいます。
このように脾は身体の中心的な存在なのです。

それでは脾はどのような場合に弱ってしまうのか?まず挙げられることが飲食の不摂生です。
私たちはついつい食べすぎたり、飲みすぎたり、食事を抜いたり、栄養の少ない簡単なもので済ませてしまったりということがありますよね。
この他にも甘いものや冷たいものを多食しすぎても、脾は傷ついてしまいます。
脾が傷つくと、食欲不振や腹部の不快感などの症状が起こります。
また、飲食以外にも思い悩みすぎると脾が傷つきます。
悩みすぎて食欲がなくなってしまった経験が皆さんにもありませんか?

六月に入りました。雨の季節です。脾は湿気を嫌う性質がありますので、この時期は脾が弱りやすい時だと言えます。
食事は八分目に、思い悩みすぎず。
また手足をよく動かすと脾を助けます。
もちろん鍼灸治療での“健脾”もお勧めします。

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東洋の蔵府【3】 五蔵の蓋(肺の働き)

臓腑のお話、今回は肺臓についてです。
東洋医学では肺の別名を“華蓋”(かがい)といいます。
花の形をした内臓のふたという意味です。
古典には、ちょうど花を逆さまにしてふたのように見立てた絵が描かれています。
このかわいらしい名前をもつ肺についてお話していきましょう。

さて、肺は五蔵の蓋(ふた)となり五蔵の内で一番高い位置にありますが、この蓋という表現は肺の働きを良く表わしています。
鍋でぐつぐつと煮ているときに蓋がなければ中の気はどんどん逃げてしまいます。
逆に、完全に蓋を仕切ったままだと内部の圧力が増していきます。そのちょうどいい所を調整しているのが肺の働きの一つです。
具体的には肺の一部分である皮膚において汗孔を開いたり閉じたりすることによってその調整をおこないます。

そして蓋が開いたり閉じたりすることでもう一つ大事な働きがあります。
ストローの片方を指で押さえると中の水分が下に落ちなくなりますね。これを人間で言うとおしっこのことです。
尿の症状が出ている場合、東洋医学では肺という蓋が塞がってしまいおしっこの出が悪くなっている場合もあると考えていきます。

肺は身体を冷やしたりすることで病気をおこしてしまいます。
肺の機能が失調すると、咳や鼻水など呼吸器系の症状はもちろん、先ほど説明したように汗や尿にも症状がでることがあります。
暑い季節は体内に熱が発生します。
身体が冷えると汗孔が閉じて内部に熱がこもることがあります。
この季節は適度に汗をかくことで内部の熱を逃がしてもいるのです。

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東洋の蔵府【4】 神のお話(心の働き)

東洋の臓腑、今回は心についてのお話です。 ここでは、“こころ”ではなく“しん”と読みます。
古典ではちょうとさくらんぼのような絵で表されています。
このさくらんぼの中は血で満たされて赤色を呈し、神を宿していると考えられてきました。

神は私たち人間だけではなく、この世界の万物にとって重要なものです。
それでは心と神についてお話していきましょう。

「心は神を蔵す」
東洋医学を学ぶとき、初めにこのように教わります。
神とは天地すべてのもの、空間に宿っている無形の氣です。
もちろん私たちの身体にも宿っていて、私たちの主人であるといってもいいでしょう。
人間はこの神の力が働かないと生をうけることすらできません。

我々の身体は、髪の毛や爪にいたるまですべて神で満たされています。
また、無意識の内の働き、これも神があって初めてできることなのです。
この大切な神を宿している心ですから、五臓六腑のなかでは最も大事な蔵です。
一国でいうと君主にあたる存在です。

東洋医学においてこの心に邪気があたってしまうことは死を意味します。
あたかも一国の命運が君主の判断、それこそ命で左右されるようにです。
人間で言えば、生死を左右するほど神を宿しているこの心の働きは大事なのです。

それほど、大事な蔵ですから、もちろんそれを守るための仕組みが人間には備わっています。
心のかわりに邪気を受ける部分があるので、心に簡単に邪気があたることはありません。

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東洋の蔵府【5】 気血の生成(腑の働き)

東洋の蔵府シリーズ、これまでは肝・心・脾・肺・腎の五臓の働きについてお話ししてきました。
今回は“腑”のお話です。

腑は胃・小腸・大腸・膀胱・三焦・胆の6つがあり、総称して六腑といいます。
六腑の中でも胃・小腸・大腸・膀胱・三焦と脾の働きは、身体を養うための栄養源である飲食物を取り入れ、生体活動に必要な気、血、水を全身へと供給するための根源となります。
それでは、その流れをみてみましょう。

まず、口から入った飲食物は胃へと送られます。
胃は飲食物を受け入れると鍋でコトコトと煮るようにそれらを腐熟させていきます。その中で気血の源となるものは脾へと送られます。
そして脾から心と肺の作用をへて気血に変化し、その後経脉を介して、全身へと運ばれます。
鍋の中に残ったものは糟粕と呼ばれ、小腸へと運ばれます。
小腸は、運ばれてきた糟粕を固形物と水分とに分け、固形物は大腸に、水分は膀胱へと送ります。
大腸と膀胱は、それぞれを体外へと排出します。

腑の作用で最も大事なところは、胃の火力です。これが弱いと飮食物が煮込まれずに未消化のまま下へと運ばれて下痢になってしまいます。
もちろん気血の生成も出来なくなりますし、胃内に水が停滞することもあります・逆に熱が強すぎるのも問題です。
熱が水分をどんどんと乾かしていき、かたい便になり便秘になってしまいます。
料理でも火加減が適当でないと食材が黒焦げになってしまいます。
他にも食べてもすぐにお腹が空いてくるといった症状もこの熱が原因で起こってきます。

腑の働きは、五臓が正常に働いていることが土台となって行われます。
その五臓は今回説明した腑の働きにより、飲食物の精気を受けることができます。

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東洋の蔵府【6】 経絡の役割

これまでは臓の働き、それから腑の働きを紹介してきました。
今回はそれらを結ぶ経絡の話をしていきます。

経絡というのは、実は経脉(みゃく)と絡脉を合わしたもので、経脉は人体を縦に走り、絡脈はその経脉間を横に走ります。そして絡脉の末端は孫脉と呼ばれます。
経脉や絡脉は全身を縦横無尽に走っており、それらが気血をめぐらすことによって、陰陽の気を交流させ、筋肉や骨をうるおして、関節がなめらかに動くようにしています。
表現がわかりにくければ、「栄養している」と考えていただければいいかと思います。

経脉は胃の真ん中から始まって全身を循環した後にまた胃の真ん中に戻ってきます。一つの環のように終わってはまた始まるのです。
その過程で五臓六腑を通り、それらにも気血をめぐらせます。

経絡は臓腑に比べれば身体の表に近い部分にあります。施術中に「風邪が入った」と言われた方もいるかと思いますが、
風や寒、湿気などの邪気は脉の末端の孫脉から絡脉、経脉へと入ってきます。
身体の正気が弱って経脉に力がないと、経脉とつながっている腑や臓まで深く邪気が入ってしまいます。
ですので、経脉に邪気が入ってしまったら、腑や臓にまで及ばないように、それを早く外へ追い出さなければなりません。

経脉は外からは見ることができません。経脉の状態は身体の各部位の動脉を触って診ることが出来ます。
妙鍼堂では特に手首の動脉で調べています。先ほどお話したように、経脉は一つの流れで全身を廻っていますから、そこだけで身体全体の状態を知ることができるのです。
一方、皮膚上に見えている血管は絡脉にあたります。絡脉に邪気があるときなどは、その色の変化でも病の状態をつかむことが可能です。

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東洋の蔵府【7】 脳と精神の関係

これまでの話の中で、名前からイメージされる働きと違ったものがあったかと思いますが今日もその一つで「脳」についての話です。
脳と言えば、人間の身体の働きの中枢で、心や自律神経などを調整している部分というのがおおかたの理解かと思います。

東洋医学でその働きの中心を担っているのは、脳ではなく以前に紹介した「心の蔵」になります。
心(しん)は「神」の居宅と言われ、怒りや悲しみ、恐怖といった感情を統括するものであります。
それぞれの感情は他の五蔵より神の働きを受けて起こります。
そして今回のテーマである脳は精神のうちの「精」と関係が深いのです。というのも、脳は骨髓と関係が深いからです。

骨髓は身体の根幹をなす部分であり、精がしまいこんである腎によって温められ、その強度と滑らかな動きが維持されています。
脳はその髓の海であると、古典では述べられており、髓は骨と脳に貯蔵されていると考えられています。
腎蔵の働きが弱り、精気を充実させることが出来なくなってくると、骨髓の力も減ってきて、最終的には脳に集ってくる髓が減ってきます。

先ほど「神」が感情を統括すると言う話をしましたが、その働きを満足に行うには、「精」の働きがなくてはなりません。
精と神が交流することによって初めて人間の正常な働きがなされます。故に心(こころ)の働きを精神状態といったのです。

まとめると、西洋医学で考えられている脳の働きというのは、
東洋医学では「神」の居宅である心(しん)と「精」がしまいこんである腎の二つの蔵が主となりおこなっており、
脳はそのうちの腎に関係が深く、精気が充実することによって活力を得る髓を貯蔵している部分であるということになります。
脳の働きの低下による病は腎の病気として治療することが多いのですが、その腎と脳との関係を東洋医学ではこのように捉えているわけです。

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東洋の蔵府【8】 五臓とつながる身体

五臓、つまり肺、心、脾、肝、腎という臓は身体の最も深い部分に存在します。
五臓は身体の様々な部分とつながりがあります。これを身体の表面から順番に説明していきましょう。

まず、身体の一番表面には、皮毛があります。肺は五臓の最も上にあって、天の気、言い方を変えると外気に触れる部分です。
なので、皮毛と肺は関係があるのです。肺気が弱ると皮毛にある汗孔の開閉がうまくいかなくなり、外からの冷えや風邪を受けやすくなります。

その次にあるのが脉です。脉は気血の通るルートです。脉は心と関係がる部分と東洋医学では考えます。
気血の運行とは人間の生命活動の中で最も核心の部分であって、それを君主の官である心が統括しています。
別の言い方では脉は「神(生命活動をおこなう大自然の働き)の舎」であるとも言われています。

その次には肌肉という部分。ここは脾と関わる部分で、脾の働きが弱り肌肉の力がなくなると
その部分に水分が停滞して身体が重だるくなったり、関節痛を起こしたりします。

そして肌肉の下は筋です。ここには肝気が引き締ることによって血が集められてきて、力を要する強い力を生み出します。
血が筋に十分にいきわたればいいのですが、他の部分で血を消耗することが多いと筋に血が少なくなります。
そのようなときは、筋がひきつる現象、例えばこむらがえりが起こりやすくなります。

骨には髓がおさめられており、腎気の力で温められて、筋とともに身体の芯の強度を保ち、身体を支える役割を担います。
腎気が少なくなり、骨が冷えてくると身体の奥の方が痛くなるということがあります。これを骨痛と呼び、深い部分にまで病気が進行していると考えます。

このように身体の各部分も五臓を根っことし、そこから力を得てそれぞれの役割を果たしているのです。

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東洋の蔵府【9】 五臓の竅(あな)その一

人間の五臓はそれぞれに精神を宿し、身体の奥深くにあります。その五臓が外界に開く竅(あな)というものがあります。
人間の竅は全部で九つ、目、耳、鼻、口、二陰(尿道と肛門)となります。

まず目には肝がつながります。肝が血を集めて、目に送ることで目ははっきりと物を見る事ができるわけです。
故に血が少なくなると目が悪くなります。古人は「肝が正常であれば五色を弁別できる」と述べています。
目を開くには肝気の力がとても重要です。肝気が高ぶると怒りという感情が起こりますが、その時肝の竅である目は大きく開きます。

耳は腎の竅です。音は振動で伝わるもので、水面の上で音叉を叩くとそれが水面に伝わり振動するという実験があります。
腎は水の蔵ですから、腎蔵が弱り水が減ってくるとうまく振動を感じ取ることができなくなります。高齢で耳が遠くなるのは、ほとんどがこの原理で起こります。

そして匂いを感じ取る鼻は肺が竅を開きます。
前回の話の中で肺が外気と触れる部分だと説明しました。外気に触れながら皮膚を温めています。外気に触れる鼻の部分もそうです。
肺気が弱っていると冷気をもろに受けますので、その竅から鼻水が出やすくなります。風寒の邪気を受けて鼻水が出ている状態はこれにあたります。

次に口は脾の竅です。飮食の不摂生などで胃腸に熱がこもることがありますが、そのときは口腔内に出来物ができやすくなります。口内炎というやつです。
また脾を疲れさせて脾蔵の精を奪ってしまうと潤いがなくなり唇が乾きやすくなります。

今回はここまでで、次回は口の中にある舌(ここは心の竅)と二陰(腎の竅)について説明していきたいと思います。

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東洋の蔵府【10】 五臓の竅(あな)その二

前回から引き続いて、五蔵が外界に開く竅(あな)についての話です。その竅は全部で九つあり、目、耳、鼻、口の解説を前回にしました。
残る竅は前陰と後陰(尿道と肛門)です。この二つには腎が深く関わります。

尿の調節に直接関わるのは膀胱です。膀胱は腎が正常に働くことにより生じる火の力を得て、尿を排出していきます。
もしその火の力が弱くなってしまったり、逆に強くなりすぎてしまうと、それが膀胱へと影響することが有ります。
火の力が強くなり、膀胱に停滞することになると尿が赤くなるといわれてます。ひどい時には血尿となるのです。
一方、腎気が弱く、膀胱も冷えてくると、頻尿となったり、遺尿(尿を調整できずもらす)といった症状がでてきます。

大便の調節に大きく関わる腸もまた、腎の火の力が重要です。
というのも、胃より小腸を経て送られてきた飲食物の糟(かす)は大腸において固形物と水分とに分けられます。
その際に、腎の火の力が十分に働くことができないと、その行程がうまく行かず下痢となることもあります。

これで九つの竅(あな)すべての解説が終わりましたが、一つだけ出てきていないのが心の蔵です。心の竅は舌です。
心は五蔵の中でも最も重要なもので、人間の智彗はこの心から発揮されます。
舌は言葉を発するのに重要な器官ですが、人間の言葉を発する過程にこの心の智彗は欠かせないものです。
この智彗が明らかでないと、言葉にはなるが何を言っているのかがわからない。または、ろれつがまわらず言葉にならないといったことになってしまいます。
というわけで、舌は心の開竅する場所であると言われているのです。
五蔵は身体の奥深くにあるものです。しかし五蔵の働きは表に現れそれを五蔵の状態の判断材料にすることができます。

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東洋の蔵府【11】 五臓の虚(弱り)その一

五蔵の精気が充実していれば、気候の変化などの自然の気の移り変わりにも身体を対応させていくことができます。
そのような状態であれば、容易に病が発生することはありません。
しかし、五蔵の精気に虚(弱り)がみられるとそこから、陰陽のバランスを崩し、病を引き起こしてしまいます。
その虚(弱り)というのは、生活上の色々な事が原因で生じます。五蔵の働きはそれぞれ違いますので、原因というものにも違いがあります。

先ず、憂愁思慮すると心が虚す(弱る)と言われます。
憂愁思慮とは、心が悲しみふさぎこむ、細かいことを考え込むといったことです。
心は陽気が多く、火や太陽にたとえられる蔵です。
正常ならば、明るく輝いているものなのですが、上記のような状態が続くことで、その明るさが弱くなり、気の流通までも悪くなってしまいます。

肝は怒って気が逆上し、下りなくなることにより病を起こします。
肝の気は発生の気とも言われ、伸び伸びと流れることが正常です。
それが逆上して上部に停滞してしまうのですから、本来の気の流れとは違う病んだ状態になってしまいます。

次に脾が病む原因となるのは、飮食と勞倦です。
脾蔵は飮食から気の源を取り出すことが主な任務です。
それが正常でない、つまりは飮食に過不足があるということが原因のひとつであります。
飮食が多すぎると脾蔵が働きづめとなり、働きが弱まります。すると体内に飮食が停滞を起こすのです。
そしてもう一つ勞倦というのは、身体を労働させ疲労させることを言います。

今回は心、肝、脾と三つの蔵について説明しました。次回は残りの肺と腎についてです。

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東洋の蔵府【12】 五臓の虚(弱り)その二

人間が病になるには、身体の虚(弱り)から始まります。その虚をつくる原因にも様々なものがあり、五蔵によって違いが有ります。
前回は心、肝、脾、についてその原因となることを説明しました。
今日は残りの肺と腎、そして六腑についての話です。

肺は冷たいものを多く飮食したり、身体を冷やすことで病となります。
肺は外気と接する部分ですので、寒気におかされることで、その働きが失調してしまいます。
また、冷たいものが胃に入り胃の熱が少なくなると、その分身体を温める陽気がなりますので、外寒にもおかされやすくなります。

そして腎は力を用いての労働であるとか、房事(性生活)が原因となり虚(弱り)が生じます。
重たいものを持ち上げる時、最も働くのが腰です。その腰に力を注入しているのが腎なので、腰の疲労は腎を病むというのです。
また、人の身体の根源である精力も腎の主るものであり、それの消耗も腎を弱らせます。

六腑とは、胃を中心とした胃腸、膀胱、胆のことを指します。
六腑には、それぞれ表裏の関係を為している蔵があります。
例えば肺は大腸と、腎は膀胱と表裏関係にあり、五蔵が弱るとその影響を六腑も受けて病を引き起こします。
また、六腑とは、飲食物が通る道筋であり、不要な物質を外へと排出していきます。それ故に、飲食の性質や寒熱によって病を受けることになります。

冷たいものを飲みすぎてお腹をこわすとか、脂物などを取りすぎて腸内に熱がこもり潰瘍ができるなどは、寒熱から起こる病の例になります。
寒熱の他には味の偏りによっても病を起こします。酸味が過ぎて胃に穴が開くこともあるのは、酸味の飲食が腑に病を引き起こす例です。

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東洋の蔵府【13】 蔵府の虚(弱り)にも陰陽がある

五蔵に虚(弱り)が生じることで、病が生じるということをこの二回で説明してきました。この五蔵の虚には、大まかに二つあります。それは陰虚と陽虚です。
虚とは“うつろな”というような意味なので不足していると捉えてもらってかまいません。つまり陰の不足と陽の不足があるということです。

東洋医学の病理原則の中に陰陽の不足について「陽虚するときは外寒し、陰虚するときは内熱す」というのがあります。この内外の字は身体の内外を指しています。内側にある五蔵に対し、外側は六府や経絡になり、陰陽の虚は、それらに影響を及ぼします。

腎蔵を例に上げてみると、腎の陽の部分に不足が生じると、その外側である膀胱や、腎の経絡、膀胱の經絡が冷えてきます。膀胱が冷えてきて、水液の排出がうまくいかなくなると、肌表の部分に水液が溢れてきて浮腫を生じます。逆に膀胱において水液を貯留することができず頻尿となることもあります。
また腎や膀胱の経絡が流れている部分である腰や膝で気血の停滞が生じ、関節痛や腰痛を起こすこともあります。

一方、腎の陰の部分に不足が生じると、内部において熱が生じます。その熱が腎蔵の水液を渇かすことで起こる病に消渇というものがあります。消渇は口が渇いて水を欲しがるのが主症状になるのですが、現代で言う糖尿病にもこの症状があります。
またその熱が膀胱に波及し、尿中の水分を乾かし、結晶成分ができることがあります。これは腎や尿管にできる結石であり、尿の出が悪くなってしまったり、排尿痛が起きたりします。この病は東洋医学では淋病と名付けられています。

他の五蔵においても同様に熱や寒が生じて病を起こしていきますが、その各蔵の働きによって身体に現れる症状は変わってきます。

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東洋の蔵府【14】 五蔵と脉

人体の肝・心・脾・肺・腎の五蔵は、それぞれ異なる性質を持っています。その異なる性質は自然界の季節の変化とリンクしています。例えば、春は肝の季節。春は陽気が伸び、上昇していきます。その作用を人体内でやっているのが肝なのです。

季節が春になれば、肝の働きが旺盛になり、我々が診察する脉にも肝の旺盛な気の働きが現れるようになります。夏になれば心の脉、秋になれば肺の脉、冬になれば腎の脉といったように、季節ごとに脉が変化していくのが無病の人の脉です。

春の脉、つまり肝の脉は弦のような脉です。弦のようにやや弾力を持ち、伸びやかな気の流れが感じられる脉となります。

気温が徐々にあがり、夏になると心の脉が出てきます。心の脉は鉤(こう)脉といいますが、陽気の盛んな勢いが内側から湧きあがってきて、それが指にあたるところで散る感覚です。

秋になると肺の脉がでてきます。肺の脉は毛脉といいます。陰気が身体の表面を閉じるので、脉の表面が引き締まったような感じになるのが特徴です。

気温が下がり冬になると、滑脈という脉になります。滑脉は腎の脉で、珠が盤の上を転がるようにスムーズな流れの脉です。これは冬になり、凍えてしまわないように陽気を内部に温存してくことによってそのようになります。

ところで、脾の脉が出てきませんでした。脾の脉は、実はありません。というのも、脾は季節で言うと土用にあたります。土用は各季節のつなぎ目にあたる期間で、年に四回あります。季節の変化を生む時期なのです。
脾蔵は春夏秋冬の変化を生む土台部分にあたりますので、普段はその脉を現わすことはなく、これまでに紹介した各季節の脉の中にその働きが含まれます。ただし、脾蔵が病気をすると、その病気の状態が脉にでてくるので、すぐにわかります。

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東洋の蔵府【番外編】 脉診の科学

脉診は手首の脉を指の感覚で捉えて、その状態から身体の内部の状態を診ようというものです。そこには、二十七種類の脉の形や、脉の流れるルートの変化といった要素があります。

脉診は東洋医学の診察法の中で最も重要なものでありますが、先程の二十七種類の脉やそのルートを判別するのは、施術者の指の感覚です。これは訓練を行えば、必ず判別がつくようになります。
そして、そこから得た情報を、他の診察法(腹診など)と合わせ、東洋医学的な判断を下し、治療を行うことで、脉は変化し、病状が好転することは、実際の臨床で確認されている事実であります。

ただ、その微妙な感覚を誰もが判るようにしなさいという科学の視点においては、曖昧なものであると言わざるを得ません。この脉診を科学で解明しようとするのに、脈波計という機器で判定するという方法をとった研究があります。
その結果を視覚的に図示した書籍も出版されており、初学者が脉診を学ぶのに役立っています。当時、かなり画期的な研究であったものです。

その研究で検証したのは指尖脉波によって調べるというものですが、脉診で調べている手首の動脈には、心臓から送られてきた血流があります。ですので、脉診には心電図や血圧といったものも関わってきます。また脈波計には圧脈波と加速度脈波というものがあり、それぞれが違うものを見ていることなります。

これらを一度に計測する機会が独立行政法人である豊中の刀根山病院の依頼によってめぐってきました。先ほどの書籍の検証は加速度脈波のみの検証ですので、これにより、さらに統合的なデータをとることができると考えています。

指の感覚の微妙な違いを、計測値で解析するのは、まだ先の話ですが、現段階のデータ解析に基づいた妙鍼堂の見解を紹介します。それは、脉診時の姿勢についてです。妙鍼堂では、治療の最初に座った状態で脉診をします。この姿勢には治療院によって違いがあり、寝た状態で脉診をするところもあります。

妙鍼堂で座った状態を主とするのは、陰陽の法則に法るためです。人間を含むあらゆる生物は天と地という果てもなく大きな陰と陽の間に位置しています。
生物の中の人を代表させて天人地と言いますが、天が陽で上にあり、大地が陰で下にあるという状態があるべき姿であるならば、その間に存在する生物及び人体のあるべき姿もそうであるのです。つまり、頭が陽であり、下半身が陰である人間は立った状態もしくは座った状態でこそ、天と地の位置関係にかなっているわけです。

検証では、座った状態、斜め四十五度、寝た状態の姿勢で行いました。検証の結果、座った状態と寝た状態では、脉波計の振幅に差が見られたのです。

この振幅の大小が西洋医学的に見てどのようなものを示すかは、西洋医学の見解を待たねばなりませんが、その違いには何らかの生体変化が現れているはずです。現段階で言えるのは、寝た状態と座った状態では、違う脉が現れていることがあるということです。

座った状態と寝た状態では、現れる脉に生体反応の違いを示す何らかの違いがあるということが、検証できたのです。妙鍼堂では陰陽の法則に法った座った状態での脉診を診察の根幹としています。ですので、我々が確実な脉をとるために、座った状態での脉診にどうぞご協力ください。

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東洋の蔵府【15】 五蔵と五労 その一

五蔵の虚(弱り)を生じさせてしまうことについては、以前紹介したことがあります。今日のサブタイトルである五労の労とは、エネルギーを激しく消耗させることを指します。

これから紹介する五つのことは、少しのことでは、エネルギーを消耗するに至りませんが、その動作が長く続くことで、五蔵を疲労させてしまうことに繋がります。特に仕事において、同じような体勢や作業を継続して行う場合が多いのですが、文字通り、労働というものが五蔵を疲労させることになるという話です。

先ず、肝蔵は「久しく行く」ことで疲労します。行くとはここでは、歩くという意味に捉えてください。長く歩いていると、筋力を使っていきます。この筋の運動を調節しているのが肝蔵になります。

肝蔵は筋肉をギュウっと縮めることで、身体を動かすための動作を起こします。長く歩いていると足が棒になると言いますが、肝蔵が疲れて筋肉を収縮させる力が弱まっていることを示しています。「歩く」ではないですが、筋肉トレーニング後に軽いものですら持てないという状態になることがあります。これも肝蔵の疲労の一つの形です。

そして次に心蔵は「久しく視る」ことで疲労するとあります。心蔵と目とは、心経という経絡で繋がっており、精神活動と目の状態が関連していることは、よく言われることでもあります。

視るという行為の度が過ぎれば、血を消耗します。血は心臓が常に動くために必要不可欠なものであるために、心蔵の疲労へとつながってしまうわけです。現代の仕事環境において、この「視る」ということはよく行います。心は精神活動とも関連する蔵ですので、できる限り心を疲労させないという意識は大事だと考えます。

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東洋の蔵府【16】 五蔵と五労 その二

五労とは、字の如く労働のことです。ここでは、五蔵の正気を消耗させる労働のことを言います。今回は脾、肺、腎の「労」についてです。

「久しく坐せば、脾を傷る」と言われています。脾蔵の働きは消化に関することが主となっています。脾蔵と胃は、すり鉢とすり棒のようなもので、この二つがしっかりと飲食物をこなすことで消化がうまくいきます。

長い間、座っているということは、すり棒が動かないという状況と考えて下さい。ですので、飲食物がこなれずに、腹部で停滞を起こしてしまうわけです。そうなってしまうと脾蔵に負担がかかっていくので、正気が弱るということになります。

肺は「久しく臥する」ことで消耗すると古典にはあります。肺は呼吸を行なうことで上から下へと気を行き渡らせる蔵です。そのため気を司る蔵であると言われています。

この上下の気の循環は天から大地、大地から天へと循環する自然界の働きに従っています。人間でいうと頭から下半身へという流れが自然なわけですが、それが臥する、つまり横になっている状態で、それを行なうには自然界とはまた別の気の方向性になってしまうわけです。そのため、肺の気を流動させる働きに余計な負担がかかるということになってしまいます。

最後は腎です。腎は「久しく立つ」という労働がその正気を消耗させます。立位の姿勢を保つのは筋肉よりも骨の強度が重要になります。

この骨は蔵府のある体幹部分を除いて身体の最も深層にある器官です。東洋医学においては骨の中の髄に、腎臓から精が運ばれてくることにより、その強度を保っていると考えています。つまり長い間の立位は腎蔵の精を消耗するということになり、結果的に腎が疲労してしまうのです。

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東洋医学密語集 その一 虚と実/内傷と外感

そもそも東洋医学は、陰と陽の太極から成り立つ世界観であります。あらゆる事象をどこまでも陰と陽とに細分化でき、限りがありません。これから説明させていただく用語に関しても、単純に割り切れない多くの意味を内包しており、それを用いる状況によって意味合いが変化するため、すべてをお伝えすることは出来ませんが、皆さんが治療をお受けになる上で役立つのではと思います。

<虚と実について>

それぞれの漢字の意味を調べてみると、虚は「うつろ、中身が空っぽな様子」を、実は「満ちる、ものが詰まった様子」を表しています。そして、身体活動に必要な気を正気と呼び、虚とはその正気の虚を意味します。反対に、実とは邪気実を意味します。正気の不足や弱ったところに生じて、正常な気血の流通を妨げます。

たとえば、風船をひとつ想像してください。余分な空気は邪気となって風船を破り、空気が足りないと風船はしぼんで用を成しません。また、後述する外邪も邪気であり、正気の不足したところに侵入します。

<内傷病と外感病について>

内傷病とは七情(怒・喜・思・憂・悲・恐・驚)の乱れ、つまり感情の変化が、外感病とは外邪(風・寒・暑・湿・燥・熱)、外界の大気の性質が人体に与える影響を指します。その他、飲食や労倦(労働または動かなさすぎる)、房事過度(性生活)など自分自身の行為によって体内で起こる変調もあります。

外邪の中でも、風邪は百病の長と呼ばれ、他の外邪を連れてしょっちゅう体内に入り込んでは、様々な病の原因となります.。寒邪や熱邪とともにカゼ症候群になり、また、寒邪、湿邪とともに肌肉に入り込むと痺病といい、神経痛やしびれ症状を引き起こします。つまり、正気の虚があるところに同じ邪が入り、表面上は違った症状を呈しているのです。

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温泉再考【1】 温泉の湧き方

この「温泉再考」では、東洋医学の立場から、どのように温泉をとらえるのかということをお話ししていきます。
なかなか治効があがらない患者さんを、湯治に行かせたという江戸期の漢方家もいるくらいですので、やはり温泉には、相当な力があるようです。

昨今は、温泉の話はそこそこに、料理や景色といった風情が強く印象に残ったりします。
「温泉を語るのに風情は欠かせません」とおっしゃる方も居られるでしょうが、ここは一つ、湯治のための温泉という観点から読み進んでみてください。第一回は、温泉がどのように湧くのかというお話です。

この世界には、毎日太陽日輪の光が降りそそぎ、その大いなる天の陽気によって、万物が育ち、活動することが出来ています。
その暖かい陽気が地中に浸透していき、積もり積もってどんどん伏欝していきます。
そして、ものすごい熱量が集まっていきます。
これを地中の火と呼びます。特に高い山の下であれば、その集まった地中の火が、外へ発することが出来ずさらに、沸欝としてきます。
例えるなら、蒸気のもれない圧力鍋のようなものです。
その圧縮された地中の火の力が、限界点を突破し、大地を突き破って裂け目から飛び出してくる、これを古人は、火井(火の井戸)と呼びました。つまり火山のことです。
そして一方で、地中の火が地中の水と交わり、水が温められて、地上に湧き出てきたものが、温泉となります。
火山が多いといわれる日本に、温泉も多いというのは、そういうことなんですね。

東洋医学ではこのように温泉というものをとらえています。
つまるところは、火と水(陰と陽)の作用によるものなのですが、そこに様々な条件が関わり土地それぞれの温泉となります。

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温泉再考【2】 温泉に入ると

前号では、温泉というものがどのように湧いてくるのかということを、東洋医学の視点ではどのように考えるのかについてお話いたしました。
今回は、温泉に入ると人間の身体にどのような変化が出るのかということについてお話したいと思います。

『温泉小言』という書物には、「温泉の功は、陽気をのびのびと通じさせて、気の留帯をみちびき、皮膚や肉を温めて関節を動きやすくする。
気血の流れがスムーズになるので、オ血(古くなって停滞し経絡の流れを阻害している血)をめぐらせ、諸々の邪毒を外に出す。
また湿気を除き、冷えをとる。」と述べられています。

温泉とは、天の陽気が積み重なって温められたものだと説明しましたが、その温泉の陽の気が身体の気を通じさせます。
気が通じるようになると停滞していた血や水などがめぐるようになります。
そこで『温泉小言』でのべてあるように、オ血や水、湿気の毒、寒気を取り除くことができるようになります。

少し具体的にいうと、寒気や湿気などで経絡の流れが阻害され痺れたり、筋肉が引きつったりするものや、ご婦人の経行不順などの婦人科疾患に有効であると述べられています。

浴法、浴度を守り正しく入浴した場合、その温泉が身体に合っているようであれば、胸の痞えがとれて快くなり、お腹がよく空くようになります。
ご飯の量が増えて味も美味しく感じるようになります。
また、病気によっては臭気の強い大便がでたり、長年のオ血が温泉の陽気によって動かされ下血することもあります。
この時はよくよく身体の状態を見極めなければなりませんが、良い方向の変化として起こることもあります。

天地自然の陰陽交和の気に入浴することで、人体内部の陰陽交流を正常化するというのが、東洋医学からの見方です。

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温泉再考【3】 温泉の温度

温泉といえば、その土地によって様々な種類が存在し、湧出する場所や出方などもいろいろとあります。
温泉に入浴された際、硫黄泉や含鉄泉などの表示を見たことがあるかと思います。
また、湧出温度も100度近いものから30度くらいのぬるいものまでありますが、東洋医学ではこれら、温泉の種類をどうとらえるのかというお話をこれから数回にわたってご紹介します。

温泉宿や公共浴場では、入浴に適した温度になるように調整されていますが、源泉の湧出温度は場所によって大きく変わります。
第一回でお話したように、温泉は地中に欝積した陽の気に水脈が暖められることによりできると東洋医学では考えています。
水と火が交じりあい湧き出てくるので、その交じりあい加減というものがとても大事になります。
水と火がほどよく交じりあえば、暖かく和柔の気が生まれます。
これを温といい、これは大気においては万物を育成し人身を寒から守る気ともなります。

古人たちは火というものは人間が生きていくにはなくてはならないものだが熱に傾いてしまうのはよくない。
逆に冷に傾くと今度は火の力が足りないのでこれもよくないと考えており、人肌にちょうどよい温かさが一番いい状態の温泉であると言っています。

もちろん、人為的な力を借りて極熱の湯は冷まし、微熱や冷泉は温めてやればよいことなのですが、天地間にあまねくいきわたるの偉大な力をもってこの大地の上に湧き出てくる温泉ですから、その天地の力を受けて湧き出た状態でもっとも良い温度を保っている温泉が極熱の温泉や冷泉よりも勝ると古人たちは考えていたようです。

この条件があてはまる温泉はどこか?
このコラムでもっとも参考にしている宇津木昆台先生(京都の方でした)は、この近辺では有馬温泉がその条件にあてはまると述べています。

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温泉再考【4】 温泉の個性

今回は、温泉の個性を決める温泉の才能(泉才)についてお話します。
その前に、温泉の湧き方を思い出してみてください。「温泉は、地中に鬱積した陽の火が、水脈と交わり湧き出てきている」ものでした。
その過程で温泉に溶け出してきたものの違いでそれぞれの泉才が決定されます。

今でこそ化学的方法で溶出している成分がわかりますが、古人は泉才を見分けるのに、味・色・臭を参考にしていたようです。
また、湯の底にへばりつく結晶なども参考にしていたと思われます。

例をあげると、鉄、硫黄、明礬、石膏、鹹などなど数えればまだまだあると思いますがそれぞれが混ざり合ってその温泉特有の泉才をつくるわけです。

関西では、有馬温泉が含鉄塩泉、城崎温泉は塩化物泉、白浜温泉は炭酸水素塩泉、と関西の有名温泉でもこんなに違います。
また同じ温泉地でも源泉によって全く別のものにもなります。

温泉に入ると陽の気が通じて経脉をめぐり停滞していた古い血や痰などを巡らすというのは、すべての温泉が持つ共通の効能です。
そこに、泉才の違いにより違った効果が現れます。

有馬温泉に鉄分が含まれているのは有名です。
漢方の世界では鉄は肝と腎に働きかけると考えられており、オ血(古い血)を散らし、丹毒を取り除くとされています。
婦人科の病気は、そのオ血が原因となることが多いので、有馬温泉の泉質別効能には、慢性婦人病や月経不順などが含まれています。
その他にも酸味のある温泉は、皮膚に特に働きかけるなど特有の効果をもちます。
群馬の草津温泉はこの酸が強いことで有名です。

江戸期の医者たちは、このように泉才を分析することで、どの温泉がどのように身体に作用するのかを見極めていたようです。

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温泉再考【5】 硫黄と温泉

「温泉は硫黄が沸かしている」
これは古人が、なぜあのように熱い温度で温泉が噴き出してくるかということを考えて述べた言葉です。
日本全国を見渡せば、必ずしも硫黄が存在するとは限りませんので、もちろんそんなことはないのですが、日本のような火山の多い土地柄では、温泉とともに硫黄が産出するところが多いのです。

そこで、硫黄や他の鉱産物が温泉を沸かしているのではなくて硫黄も温泉と同じ過程で産出するという説が立てられます。

「温泉が地中に集まった陽の気が水脈と出会い湧き出たものならば、硫黄はその地中の熱が大地の中の膏液をいぶし、蒸し、凝らすことによってできるものである」というのがその説です。

「温泉も硫黄も同じ地中に集まってきた陽の気が熱と化し、その熱によってできたものだから、同じところにあってもおかしくはないし、もし温泉のあるところに硫黄がなくても、大地のなかに硫黄の元となる物がなければできないのだからこれもおかしくはない」とこのように考えたわけです。

そしてこの硫黄は泉才(温泉の個性を決める成分)のなかでも取り分け重要視されています。
この硫黄が以上のように大地の中の陽の気によって作り出されるとの説に至ったのには、硫黄の性質がまじりっけのない純粋な陽の物質で、人体中の陽気の源である命門の火を助け、温める作用が強いと古人たちが考えていたからです。
温泉の作用をより助けることができる成分だということが他の鉱産物と違い重要視された理由だと考えられます。

水と火の交じり合った温泉、そして硫黄、これらがそろってこそ温泉だと言い切った古人もいたほどです。

今の温泉成分表記を詳しくみると硫黄やその化合物の名前がよく出てきますよ。

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温泉再考【6】 浴法を守る

これまでお話してきたとおり、温泉の力は人の頑固な邪気や古い血を動かすくらいのものですから、当然間違った方へ働けば、身体の毒ともなります。そして、温泉の効能を最大限に引き出すためには、浴法を守らなければなりません。

まず温泉に入るには、身体を慣らすことから始めます。これはよく言われるかけ湯のことです。手足から徐々に体幹部へ移ります。そして、足先からつかっていきます。
この時の心情は心を平らかに、気を和ませて。ですから、温泉に入る前にはけんかはなさらないようにご注意を。

 

しばらく湯船につかり、温泉の陽の気が身体中に浸透してくるのを待って外へ出ます。そして呼吸を調え、心拍が収まるのを待ちます。
この状態を古人は「悠然として、気を吹き、煩を解し、心胸をやわらげる」と表現しています。
これを一度の入浴で二回から三回を基準にして繰り返し、湯あたりしやすければ一回で止めます。
また一日に入る回数も三回を基準にして、調整します。そのようにして温泉に入ること三日ほどで効果が出てきます。

胸が和らぎ、お腹がよく空いて、食べる量が増えて、味がおいしくなってくると、その温泉がその人に適していると判断できます。
しかし、もし胸が塞がる感じで、お腹が張って食べても味がない、頭痛やめまいがするときなどは、その温泉が適していないことがあるので、一度休んでから以前より軽めに入ってみます。
それでも変わらなければ、思いきって湯治を中止しなければなりません。

温泉が身体に適しているかどうかの判断はとても重要なので、湯治をするにあたっては、このように身体の状態を詳細に観察し、正しい入り方で入ることが大切なのです。
湯治でなく一泊の旅行でも注意すべきことがありますので、それを次回にお話します。

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温泉再考【7】 浴禁について

温泉に入浴するにあたって、正しい方法で入浴しなければならないという話を前回させていただきました。
今回はこんな時は入浴をしてはいけないというお話です。これを古人は「浴禁」と言っています。
この浴禁には全部で二十五の禁があると古人は言ってますが、ここではそのいくつかをご紹介します。

まず一つ目は、「温泉に入るときは、極度の疲労状態で入ったり、満腹状態で入ったり、酒に酔っている状態で入るのを禁ずる」というもの。
浴法のお話の時に入浴時には心を平らかにして、気を和ませて入るというところがありました。
上記のような状態ではとてもそんな状態にはなりません。これでは温泉のいい効果どころか逆効果にもなります。

 

二つ目に紹介するのは「入浴後に、うたたねをしたり、お灸をすることを禁ず」です。
温泉に入るとその陽気の力によって全身の気血がめぐります。身体の表面では、毛穴が開いた状態になり汗がでてきます。
その時に気をつけなければならないのは、風の邪気です。毛穴が開いた状態ですと容易にその邪気の影響を受けてしまいます。
昨今は露天風呂の風情を好む方が多いようですが、この風の邪気には気をつけねばなりません。
うたたねを禁じるのも、寝ている間に湯冷めしてしまい、邪気を受けるのを防ぐためです。

お灸が禁じられているのは、温泉の陽気で身体が温まっているところにさらに熱を加えることで、その熱が体内に欝滞してしまうことがあるからです。

少し話がそれますが、湯あたりしやすい方に身体の表面の毛穴が開きにくいという方がいます。
夏でもあまり汗をかかないという方に多いのですが、その場合、温泉の力で温められた身体の熱を逃がすことが出来にくくなります。
そのために温泉の泉気が体内に欝滞してしまい、のぼせてしまうのです。これも熱気の欝滞による症状です。

 
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温泉再考【8】 家温泉

これまで東洋医学の世界において温泉とはどのようなものか。そしてどのような効果があるのか。
入浴するのに最も適した状態、最も効果のある入浴法、注意すべきことを順に紹介してきました。
これらは、口伝えで伝承されてきた温泉の利用法をまとめた画期的な温泉治療論であります。現代でも十分通用します。
しかし当時の生活環境を考えるにこの温泉の恩恵を受けることのできた方は多くなかったと推測されます。
なぜなら、温泉地に足を運ぶのにかかる時間、旅費などを考えるとそうそう行けるものではないと思われるからです。

現にそのような患者さんが多くいたようで、江戸時代の先生方も考えたのでしょう、家温泉なるものがあります。
「天下の火で天下の水を温め、天下の金石類で和せば、真の温泉を髣髴させるものができる」とこう述べています。
つまり日常用いる火と水、金属や石で温泉を作ろうという発想です。温泉に含まれるものは前に紹介した硫黄を始め、鉄、明礬などがありますからそれを使うわけです。
この方法、確かに温泉地から遠く離れた方にとって温泉を一時身近なものとするでしょうが、とても手間がかかりそうです。
また人為的にそういうことができるのかとにわかには信じがたいという方もいたようです。

 

そこで宇津木昆台という医者が目をつけたのが「湯の花」です。
当時、湯の花は煎じた後の生薬のように効果が出尽くしたものと考える説もあったのですが、
「温泉に含有されている金石類が温泉の火力の為に煎練されて、固まったもの」として効果があるはずだと家温泉に利用しました。
その効果は真の温泉には劣るけれども、半ば以上の効果を挙げたと述べています。
現代でも湯の花を製造している温泉地は多いのですが、硫黄などの硫化物を含む湯の花は風呂釜を傷つけるようで、ユニットバス以外では使用できないようです。

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温泉再考【9】 有馬と城崎

温泉には、それぞれ泉才と呼ばれるものがあります。その温泉の持つ才能、性質をあらわすもので、それが違えば温泉の効能は変わってきます。
今回は古人の臨床例をもってその才を検証しようと思います。

病人は瘡腫と呼ばれる病を患っていました。瘡腫とは体内で生じた湿毒や古くなった血毒が停滞し、手や足が腫れて痛む病です。
時には膿汁を出したりします。その内毒が骨にまで到達すると難治となってしまいます。

その患者は先ず城崎温泉に入浴します。
しばらく続けると「瘡腫快く癒えて痕無し、或いは一年、或いは半年、復発す」と湯治に行けば治るのだが、しばらくするとまた再発するというのです。
そこで今度は有馬温泉を勧めます。すると「其の瘡、大いに発顕し、瘡腫益々排出す」とあります。
その後さらに腫れがひどくなり大いに痛み、膿汁を多く排出するに至って痛みが激減したといいます。

この違いは両温泉の泉才によるものなのです。
古人は城崎温泉は「皮表の膿汁を化和する」もので、有馬温泉は「内伏の毒を排出する」ものだからと説明しています。

現代では成分分析により含有物がよくわかるようになりました。
上に出ていた二つの温泉、城崎温泉はナトリウムカルシウム‐塩化物高温泉、有馬温泉は含鉄ナトリウム‐塩化物強塩高温泉という表示になっています。
両方とも鹹(しお)湯ですが、有馬には鉄が含まれています。
鉄は「人体の肝と腎に働きかけてオ血(古い血)を散らし、丹毒を取り除く」という作用があります。また鹹(塩)は「堅いものやわらかくする」作用があります。
鉄と塩とで体内の伏毒を動き易くしたために、瘡腫が皮表に排出されてきて一度はひどくなり、その後に痛みが改善するという経過をとったというわけです。

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温泉再考【10】 泉才の弁別

各温泉の持つ力を温泉の才能、「泉才」と古人は呼んでいます。
前回は当時、有馬温泉と城崎温泉に湯治にいった患者さんの身体の変化の違いをもってその泉才を検証しました。
では、その他の温泉についてはどうでしょうか。古書にはいくつかほどしか記載がありません。
それもそのはず、当時あちこちの温泉にまで行ってその泉才を検証するには莫大な労力を必要としたからです。

古書の中で紀州湯の峰温泉と相州箱根の芦の湯温泉とが同じ作用をもつと分析されています。
古書には「その色は白くて潔く、味は少し鹹味がありそして甘い」とあり、
「入浴した後には、体は乾燥して入浴前のようだ」と当時はこのように分析していました。

湯の峰温泉は和歌山県の温泉で、箱根芦の湯は神奈川県にあります。この二つの温泉、実は古人の分析どおり、成分が重なる点が多いのです。
現代の温泉分析によると、湯の峰温泉は含硫黄‐ナトリウム‐炭酸水素塩泉、
芦の湯温泉は含硫黄-カルシウム・ナトリウム・マグネシウム-硫酸塩・炭酸水素塩泉とあります。

古人が味で確かめたとおり、両方とも塩泉ですし、硫黄を含む点も同じです。
もう一つ、成分表示からはわかりませんが、両方とも重曹を含みます。
重曹泉は別名「美人の湯」です。入浴後、肌がツルツルになるという状態を乾燥して肌触りが滑らかだという表現をしたのでしょう。

このように見ると現代的な成分分析だけでなく漢方学的考察でも温泉それぞれの具体的な効能が判明することがよくわかります。
古人は「其の才気、臭い、味、色を実際に入浴して調べることができなくても、その含有するところのものを検してこれを推測すればいいのである」と述べています。

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温泉再考【11】 名湯の才

温泉の才能、泉才(せんさい)を調べるのに
古人は「其の才気、臭い、味、色を実際に入浴して調べることができなくても、その含有するところのものを検してこれを推測すればいいのである」と述べています。
今回は日本の名のある温泉の泉才を分析していきます。

「群馬の草津温泉」

草津温泉の泉質は含硫黄の酸性硫化水素泉です。酸性の度合いは日本でも随一と言われています。
硫黄は命門という腎に宿る火を暖める力を持っています。腎気が弱ることで火の力が衰えたときの病に有効です。
また酸性であることは、酸味の収斂する作用を持つということです。飲食物の酸味は肝藏に走るといわれており、その酸味の力で血を集めてくるのです。
温泉の場合は特に皮膚に接する部分においてその作用が期待できます。
皮膚に血が行き渡らなく、傷口が治りにくい病などに血を集めてきて治癒を早めることができます。
これは瘡と呼ばれ、現代の慢性皮膚病にもこのような病態があります。

「能登の和倉温泉」

和倉温泉は海中より湧く温泉で、浦から湧くということで湧浦(わくら)と呼ばれたようです。
泉質はナトリウム、カルシウムの含まれた食塩泉です。
塩味は腎に入ります。腎は身体の根幹で、骨を頑強にして動作の下支えとなります。
風寒の邪気が骨にまで侵入し、気血を凝り固まらせてしまうことがあります。変形性の関節痛などがそれにあたります。
塩にはものをやわらかくする作用がありますので、食塩泉は、凝り固まった気血をやわらかくし、骨の動きを助け痛みを和らげることができます。

日本の名湯はまだまだたくさんあります。名はそれほど知られていなくても、良質な温泉が多くあり、それぞれに泉才が備わっています。
その温泉の才を知り、自分だけの名湯を発見できれば、真の温泉通と言えるでしょう。

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打鍼の秘密【1】 打鍼をお腹にする理由

打鍼をお腹にする理由妙鍼堂ではおなじみの打鍼です。施術を受けたことがある方も多いのではないでしょうか?

打鍼は夢分流といわれる流派の技術なのですが、この流派は腹部の状態を見ることに長けた流派です。
腹部は人体でいうと陰(背中が陽)にあたる部分です。
陰ですから、病気になると邪気が集まってきやすい部分です。
その集まってきた邪気を打鍼ではらうことにより病を治すというわけです。
夢分流では下記の図を用い、身体に病が生じた時は腹部に異常が出るという考え方の元に、どの臓腑の病気かを見極め、鍼を施していました。
図にはそれぞれの蔵府に変調があった時に反応が出る場所が示されています。
また、ツボの考え方でもお腹には各蔵府に対応する募穴(ぼけつ)という特別な働きをするツボがあり、病気の診断や治療に非常に有効な部位が腹部なのです。

妙鍼堂では、手足などに鍼をした後、腹部の邪気の動きがいまいちだと思われた時などに打鍼をします。

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打鍼の秘密【2】 鍼と槌の素材

鍼と槌の素材妙鍼堂で治療に使う打鍼には、実はいろいろな種類があります。
写真の右側は鍼を打つ槌の方です。
我々が良く使う材質は黒檀や紫檀、パドックといった木です。
実際に持ってみると良くわかりますが重さがぜんぜん違います。
また、たたく部分の大きさでも違いが出てきます。
そして、左側は鍼です。
打鍼術が考え出された時代には、腹部に打ち込んでいたと考えられていますが、今は先が丸くなったものを使用します。
鍼の素材には金属を使用することもあります。
銀やアルミニウムなどで作ったりします。

これらをどのように使い分けるのかは、患者さんの腹部の状態で決まります。
腹部の邪気は深い部分に固まっていることもありますし、表面に存在することもあるからです。

この素材の選定に加え、治療には、鍼の打ち方が大切なのですが、打ち方のお話はまた次の機会に。

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打鍼の秘密【3】 打ち方の違い

打鍼術に関する書物はほとんどありませんが、その中で最も重要なのが『鍼道秘訣集』という書物です。

この書物には、腹部の診察法や、腹部の邪気と臓腑との関連性、そして打鍼術の詳細が書いてあります。

今回のタイトルである打ち方の違いについては、いくつかの名称がつけられています。
いくつか例をあげますと、「勝ちひきの鍼」「負け曳きの鍼」「合い引きの鍼」といったようにです。

では、これらをどのように使い分けるのか。それは、腹部の邪気の状態によって決まります。

正気の弱りがあまりなく、邪気だけを払えばいい時は、「勝ちひきの鍼」、邪気の居所がつかめない時には邪気をおびき出す「負け曳きの鍼」です。他には、上へと昇っていった火を下へとひいてくる「火曳きの鍼」といった方法もあります。

病気との闘いは戦(いくさ)に例えられることがあります。時には攻めて、時には敵をおびき出す。
攻めてばかりではなく守ることもする。このようにただ打つだけではなくいくつかの術を組み合わせて治療を行っています。

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古代鍼って何?

古代鍼って何?鍼灸の世界には「古代九鍼」というものがあります。
これは鍼灸術に用いられる鍼の種類のことで、いつもの治療で我々が用いている鍼はこの中の毫鍼とよばれる鍼です。

ということは、他に八つも鍼の種類があるということになりますが、この八種類の中には大きな膿を治療するような鍼もあり、現行法では鍼灸師が使用することはできない鍼も存在します。

他には平べったい形状で皮膚の熱をとるときに使う鍼や身体の深部へ鍼をする長鍼というものもあります。

さて、写真の鍼もこの「古代九鍼」の内の一つで、テイ鍼(テイは金へんに是)という名前がつけられています。
これは経脉の気を調えるために使い、皮膚内に刺すというものではなくて、経脉に当てるような感じで使用します。

写真の鍼は金と銀の二種類ありますが、もちろんその素材で使用法が異なります。
おおまかに言うと金は気を補う働き、銀は邪気をはらったり熱を冷ます働きがあります。

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気候変化の秘密

日本を含む東アジアには、はっきりとした四季があります。
春夏秋冬の移り変わりは常にこの順序で巡ってきます。
その中で冷夏があったり、暖冬があったり、空梅雨があったりと毎年毎年全く同じではありません。

東洋医学において、春夏秋冬という恒常的な変化を起こす気を主気と言い、毎年違う変化を起こす気を客気と言います。
主気と客気は、それぞれに風寒暑湿燥火の六つの気があり、春夏秋冬の季節をつくる主気は、風暑火湿燥寒の順に巡ります。
一方、客気はその年で巡ってくる気の順序が変化します。
ですので、夏は暑気が巡ってきますが、その時に客気が寒気である場合があるわけです。
その年は、暑気が十分に発揮することができずに冷夏となる可能性があります。

気候の変化には他にも関わる要素があるので、一概には言えません。
しかし、年々違う気候は、常に一定で巡る主気に毎年変化する客気が影響していることにより起こっているのです。
また、それらの気は人体にも影響があります。
季節通りの気の変化であれば、人体の気の変化も通常通り行えるのですが、先ほど述べたような気の状態ですと、身体が気候に対応できず病気を受け易くなるのです。

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ウイルスと邪気

東洋医学において、目に見えない「気」という概念があるのは、妙鍼堂の患者さんならばご存知だと思います。

身体に悪影響を与える気のことを邪な(よこしまな)気ということで邪気と言います。風邪は文字通り風の邪気によるもので発熱、頭痛といった症状がでます。風邪のようなウイルスによる疾患に対して、東洋医学では、外部の邪気に感じた病で外感病と呼んでいます。
今でこそ電子顕微鏡でウイルスの姿をとらえることができるけども、2000年以上前はそのようなことはできませんので、目に見えない「気」によって起こる病だと分析したわけです。

その「気」にも六つの種類があることを前回紹介しました。風、寒、暑、湿、燥、火の六気です。この六気の違いによって人体には違った症状が現れます。
ウイルスという面から言えば、特定のウイルスが生存し易い気候条件、またはウイルスに感染し易い人体の内部環境が、六気の違いによって変わってくるのだと考えることができます。
この六気は大気そのものであり、その移り変わりをどうにかすることは天地がひっくり返らない限りありません。
これらの六気が人体に影響を及ぼすような時はそれを完全に防ぎきることは不可能であると言えます。

すべてのウイルスがこの六気に含まれるかといえばそうではありません。ただ、風邪のウイルスやインフルエンザウイルスはこれにあてはまると考えられます。
現にインフルエンザウイルスに対しての現状がそれを示しています。
とすれば、いかに身体を邪気の影響を受けないような状態にするのかが大切になってきます。
東洋医学の中に養生のことが多く出てくるのも、このような考え方が根本にあるからなのです。

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地勢が生み出す治療法

古代中国において生まれた東洋医学には、様々な治療法が存在します。鍼、灸、漢方はもちろんのこと、導引、按摩の類も治療技術の内の一つです。それらの治療法は東西南北、そして中原(黄河流域)の五つの地域における特色ある地形、風土、生活習慣が生み出したのだと古人は述べています。

まず東方は上海などの海岸地域のことで、その地域では魚など海の食物を多く食べるので、塩が血を停滞させ諸々の腫れ物が起こりやすく、その腫れ物には今で言うメスの役割がある?石(へんせき)を用いるとあります。

西方の地域は山岳地帯が多く、空気が乾燥しています。そのため、皮膚の密が高く、外邪が容易に侵すことはできません。しかし、その住民は鳥や獣の肉を好んで食すので内より病が生じます。その治療には毒藥(漢方薬)を用います。

北方の地域は、内モンゴル辺りの環境で、寒気が強い地域であり、その住民たちは寒に侵され易い。その寒を散らし陽気を助けるために、この地域においては灸が生みだされました。

次に南方の広東などの陽気が盛んな地域においては、地勢が低く、湿気が多く集ります。その湿気が経絡に停滞することで痛みとなる病がこの地域では多く生じ、治療には鍼を用いて経絡の気を通行させて痛みを取り除きます。

最後に中原の地域。中央は他の四地域のような極端な地勢ではないために、物があつまり様々な食物が手に入ります。労せずして食べることのできる地域でありました。そのため、身体がなまってくることが多かったのです。
そんな時、体内において気のめぐりが悪くなり、邪が停滞します。その停滞を取り除くために、按摩、導引の治療が生み出されたといいます。

これらの方法を適宜用いることが、様々な病を治すために必要であるということを、古人は示しているのです。

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京野菜の気味【1】 夏(茄子)

漢方薬に使用する生薬には、「気味」と呼ばれるものがあります。これはその生薬の性質を示すもので、それが体内でどのような働きをするのかがわかります。

気味の気は寒、涼、平、温、熱とがあり、字の如く身体を温めたり、冷やしたりする作用を示します。
気味の味の方は、酸、苦、甘、辛、鹹があります。最後の鹹は塩の味を指します。これらの味は順番に肝、心、脾、肺、腎を補う作用を持っています。

生薬だけでなく、口にする飲食物にも同様に気味が存在します。食物ですから、薬ほど身体に作用することはありませんが、その気味を知っておくと、旬の食物の良さがわかってきます。

現在の季節は夏。五月頃からお盆にかけて旬を迎えるのは「茄子」です。京野菜には、賀茂茄子、山科茄子、もぎ茄子といった種類があります。
その内、賀茂茄子は北区上賀茂周辺で栽培され、大きな丸型の茄子で肉質が緻密でみずみずしいのが特徴です。料理としては油を吸い込みすぎないために揚げだしに向いています。また賀茂茄子の田楽は有名です。

茄子の気味は、「甘寒」と言われています。味は甘く身体を寒性にする性質があるということです。また、寒の性質により、邪熱を解することができるとあります。そのため、腫れや痛みを止めるために、肥えた茄子を煉って茄膏をつくり、患部にぬるという治療法がありました。

夏の暑い時節は、体内での熱産生が増します。体内の気の流れは外へ外へと散じていく時期です。茄子は寒性であることから、その熱を冷ますことができるのです。

夏の野菜には他にキュウリがあげられます。キュウリもその気味は「甘寒」と言われていて同様に熱を冷ます作用があります。

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京野菜の気味【2】 秋冬(かぶら)

暑い夏もようやく終わり、なんとか秋になってくれましたが、秋には秋の気候の変化があり、それにあった野菜が店先に並ぶようになります。

10月後半から旬をむかえるのは聖護院かぶらです。千枚漬けの原料になるので、京都以外の方にも馴染みの深い野菜です。 聖護院かぶらの起源は滋賀県にあるようで、江戸後期になって聖護院辺りの農家の人が種子を譲り受けて育てたのが始まりといわれます。

かぶの種類の中では最も大型で、味は甘みが多いと言われます。千枚漬けを始め、京料理にもよく使用されます。このかぶらの気味は、「甘辛温」とあります。温ということは身体を温める作用があるということです。甘みは脾蔵、辛味は肺蔵を養う味でもあります。聖護院だいこんというのもあるようですが、大根の気味も同様に「甘辛温」で旬もかぶらと同じです。

古書を紐解くとこの大根とかぶらには、「食を消し、気を下す」と、消化を助ける効果があると言います。この作用は甘味と辛味がもたらすものなのです。甘みの作用は緩める、辛味の作用は散らすです。

消化機能が落ちている時、胃腸内では食物の流れが悪くなり、停滞を起こします。その停滞に対し、脾蔵を助ける甘みと、停滞を散らす辛味が働いて、停滞を流れるようにしていきます。また、「温」の気を持つので、寒くなっていくこれからの時期には温めるという重要な役割も果たしてくれるのです。

これからの季節は傷寒という病に注意が必要です。傷寒とはインフルエンザを含む発熱を伴う感冒を指し、字のごとく寒気によって発症します。寒気はまず皮膚をおそいます。このような時にも、辛味で温めるかぶらの力が役に立つのです。というのは、皮膚に停滞した寒気をその辛味が散らしてくれるからなのです。

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京野菜の気味【3】 冬(ねぎ)

年中見かけるねぎは、薬味などにも重宝され、冬場は特に鍋物に入れられることが多くなります。そのねぎ、実は冬が旬となり、甘み、風味が一段と増します。京野菜の九条ねぎは、青ねぎの代表格で、古くは奈良時代の頃に浪速から移ってきたといいます。また長ねぎは、その九条ねぎが関東へ持ち込まれ、改良されたもので、栽培方法に違いがあるようです。

ねぎの気味は、「辛甘温」とあり、熟すれば甘味が増すとあります。また、「葱は肺薬、肺病の者、之を食らうに宜し」との記載があります。辛味は、肺を助ける役割をします。それは気の発散と関係があるからで、冷えなどで皮膚表面の気が停滞している場合など、それを発散させることができます。性質が温ですので、冷えに対する効果があるのです。

肺病というのは、咳や呼吸に関する病のことですが、この場合は肺気が弱ることにより、皮膚表面での防御力がなくなり、冷えてしまったことによる病気という限定がつきます。風邪で、咽喉が痛くなった時、ねぎを首に巻くという民間療法があります。これはねぎの気を通じさせ温める作用を利用したもので、漢方的にはとても理にかなった方法です。

一方、「表虚自汗には用いるなかれ」ともあります。表虚自汗とは、気の不足により、毛穴の開閉ができなくなり、何もしなくてもじわっと汗をかいている状態のことです。ここで気を発散させてしまえば、より気が不足してしまうので、「用いるなかれ」と注意を呼び掛けているのです。

もう一つ注意点として、「多く食すれば病を致す」と記載されています。薬味に使われるような食材は、多く食すれば身体を温めすぎたり、気を走らせすぎたりするため、基本的に多食は禁じられています。

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京野菜の気味【4】 春(たけのこ)

2月4日は立春ということで、天地の気の変化は春へとめぐります。その気は大地から天へと上昇する方向性を持ちます。これは人間のみならず自然界の植物などもその気の影響を受けていきます。今回のたけのこは春の気の上昇をそのまま表わすような食物です。

京たけのこの発祥は1470年頃、道元禅師が持ち帰った孟宗竹の原種を西山(長岡京市)一帯に植えたのが始まりとされます。竹はイネ科なので野菜には入りませんが、京都産の品質が抜群に良いということで、伝統の京野菜ブランドの認定がされています。

たけのこの気味を古典から調べると、「味は甘、気は微寒」とあります。また、「消渇を治し、水道を利す。痰を消す」と述べられています。この消渇というのは、糖尿病などで見られる咽が渇いて、水分をとっても渇きが治まらないという症状を指します。これは腎蔵と脾蔵の弱りから生じる熱によるものです。

たけのこは、その熱を微寒の性質で冷まします。熱が冷めると腎蔵の負担が減り、尿が通じるというわけです。それにより、水の停滞から生じる痰の流動性も高まります。ただし、微寒の性質ゆえに、多食はしない方がよいとされます。

ところで、竹という植物はその成長スピードが速いことで知られます。これは最初に紹介したように春の上昇する気をそのまま受けているからなのですそのためたけのこを食べ過ぎると吹出物が出る場合があります。内側から上昇する気の働きが顔面に現れるのです。この作用を観察していた古人は、麻疹(はしか)の病において発疹がなかなか出ない状態の時に、たけのこの煮汁を飲ませたとの記載があります。発疹が出るのを助けることでより早い回復を図ったのです。

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食べるお茶・擂茶

今回は食べるお茶、“擂茶”(れいちゃ)のご紹介です。
擂茶の「擂」とは“研磨する”という意味があり、すり鉢に原材料の豆類・雑穀・緑茶をいれて充分にすり潰し、そこにすり潰した茶葉のお茶を注いで頂きます。
台湾では独特の文化や言語を持つ客家民族がお客をもてなすお茶として知られています。

擂茶の発祥は三国時代と言われています。
三国時代の名将、張飛が率いる軍隊が武陵を進攻している途中、兵隊の間に疫病が蔓延していました。
張飛は地元の人に危害を加えなかったことから、地元の人が擂茶を献上し、一軍を救ったと言われています。

擂茶の基本材料は、生茶・生米・生姜のため、“三生湯”とも呼ばれますが、張飛が「この茶を飲めば三生(三世)までも幸せになれる」と語ったという説もあるそうです。
このように擂茶は、のどの渇きを潤してくれるだけでなく、体のほてりを沈めたり、胃腸などを健やかに保ち、滋養強壮にも一役買っているとされています。

当院でご準備している擂茶は9種類の豆類とごまや麦、杏仁など21種の材料をすり潰した粉末状で、無添加・無着色・無香料です。
まずは待合室でお試しください。

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夢分流打鍼術

16・17世紀、ヨーロッパに伝わった鍼術、夢分斎なる禅僧が記したとされている。
夢分斎は母の病を治したい一心であらゆる東洋医学の書籍を網羅した末に、全ての病の根源は腹に根ざし、人体の縮図であることを悟る。
そしてそこに根ざすよこしまな者(邪気)を取り去る方法を考案した。
日本の鍼が世界に誇る独創的な鍼灸術の一つ。

夢分流打鍼術  夢分流打鍼術

特徴は小さな小槌で金や銀で作られた専用の鍼でお腹に刺激を与え、悪い所を取り去るといった方法である。

この夢分斎の子、御薗意斎(みそのいさい)という名前に面白エピソードがあります。
意斎が花園天皇(在位:1308〜18)の侍医だった時、花鳥風月詩歌を好まれる花園天皇が、御所の庭を散策される時にお供をしていました。
その時、天皇が「意斎、おまえは名医と聞くが、この枯れそうな牡丹を救う事はできないだろう」と仰ると「やってみましょう」と打ち鍼を取り出して、牡丹の根本にカチリカチリと打ち鍼を行いました。
後日、その牡丹は息を吹き返し、見事な牡丹を咲かせたので、天皇は大変喜ばれ、意斎に「御薗(みその)」という名を与えられた。
という伝説もあります。

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ワクチンの是非

先日、子宮頸がんワクチンが国内で承認されるとのニュースがありました。ワクチン接種とは感染症の予防に使用されるものです。
感染症とはウイルスなどの感染によって起こる病で、風邪のような発熱性の疾患、ノロウイルスによる胃腸障害、ヘルペスウイルスによる疱疹など全身のあらゆる疾患に感染症は関わっています。

ワクチンの起源は、天然痘に対するものから始まります。天然痘は東洋医学においては痘瘡という名前がついています。
痘瘡にかかると発熱などの症状が出て、いったん治まった後にのう胞が体中に発生します。
それは体内の伏毒であるというのが東洋医学の見解です。その毒が元々少ない人は比較的軽症であったという記載が古典にはあります。
痘瘡は東洋医学も手を焼いた病ですが、痘瘡にかかることで体内の毒が外に出ていったという点では後々の病を防いだとも言えます。

ワクチンのおかげで天然痘は撲滅されました。ですので、それに罹患することはありません。しかし、一方で体内の伏毒を排出する一つの機会を失っているのやもしれません。
天然痘ワクチンは感染症の歴史上、これ以上ない効力を発揮し、多くの命を救うことになりました。
一方でその理論を元にして、ワクチン開発は拡がりをみせ、多種多様のワクチンができることになります。
インフルエンザワクチンなどはご周知のところですし、子宮頸がんのワクチンもそうです。

ワクチンはある特定の病原体の免疫を得ることを目的とします。つまりその病にさえ罹らなければ成功なのです。
数多くのワクチンがありますが、他の病にとっての影響はあるのか、ないのか。どうなのでしょうか。ワクチンの研究開発にそういう視点が入っているのか、いないのか。
みなさんはワクチン接種、どうお考えになりますか。

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